2010年10月22日金曜日

伊達政宗 記(42) 大阪の役9 夏の陣


 そもそも、大阪の役は避けられなかったのだろうか?
 そこには、豊臣秀頼の性格という、政宗もびっくりするほど異常な原因が含まれていた。

 何よりも秀頼は死を怖れない。出世したいという人間並みの願望もなければ、誰を愛したいという欲望もない。この時にはすでに側室の伊勢の局と呼ばれた"およね"に国松君という子が生まれ、これが可愛い盛りに育っていたのだが、その国松にさえかくべつの関心は示さない。
 これは、どのような手段をめぐらしても、歩一歩と地位の上昇をねらい、はげしい意欲で人心を掴み、断じて君臨しなければ納まらなかった豊臣秀吉の性格とは、雲泥の差だった。
 生まれた時から、あらゆる幸福が約束されていた。したがって幸福不感症という空前絶後の大超人が出来てしまっていたのだ。彼が現在関心を持っているのは、いわゆる世人の「不幸---」と呼ぶ、切羽詰まった人間の極限状態しかなかった。
 (---果たしてそうなったら、自分は何をするであろうか?)
 この場合の興味の中心は「---自分」の中の「---別の自分」でしかない。

 孤立した大阪城の牢人募集は、次第に露骨に進められていった。
 こうして、二度目の大阪征伐が決定された直後、政宗の元へ思いもしなかった連絡が届いた。
 今、南蛮国は紅毛国に破れ、世界最強を誇った艦隊も、既に大海の底へ沈んでしまっていたのだ。
 むろん政宗も、絶対にこのことが成功すると信じていたわけではない。
 万一成功すれば、こうなる筈と、冷静に書上げた一篇の物語ではあったが、そもそも初めから大きな一つの誤りを含んでいた。南蛮は紅毛より劣勢を強いられ出していたのだ。
 あの用心深い家康のこと、紅毛側より優勢の情報は得ていたのではないだろうか?何も知らずに外交路線を決定しゆく筈などないのではないか?
 そうなると、政宗ほどの男が、「家康に使用されていた」そう思うと、今まで自分を相手の対等以下には考えようとしなかっただけに、この羞恥は白日の下へ追い出されたモグラの様な、身を刻まれる程の絶望だったに違いない。
 何も彼も見通しの家康が、明日からも巧妙に自分を使いまくって勝ってゆく・・・それが嫌なら、今すぐ兵を返して、家康を襲うしかない。。。
 この場合の両者の感情は、織田信長と明智光秀によく似ている。
 光秀も、こんな感情で、いきなり本能寺を襲ってしまったのに違いない・・・。
 
 大阪夏の陣は、冬の陣とは打って変わった白兵戦となった。
 これは関ヶ原の合戦とは、その本質を異にした戦だった。
 関ヶ原は日本の地図を書き直す程の規模と意味を持っていた。しかし、今度の戦は、せいぜい豊臣家の六十万石の争奪に終わる戦。
 関ヶ原のおりには、日本中の大名が二分して戦った。それだけに勝者が敗者の所領を没収すれば、褒美の領地に事欠くことは全くない。しかし、今度は、秀頼以外は、何も持たない牢人大名。彼等が善戦して東軍を苦しめれば苦しめる程、褒美の足りなくなってくる幕府方にとって不利な戦。
 それだけに、家康は極力これを避けたかったに違いない。
 戦争という激しい浪費のあとで、領地という褒美がなければ必ず諸大名の不平が募るからだ。

 さすがに政宗は、知っていた。
 「---東軍が勝つに決まっている」
 そして勝ってしまうと、家康は、少なく見ても百五十万石ぐらいの領地は褒美として出さなければいけなくなる。
 豊臣家が六十万石とすると、およそ百万石程が不足になるが、それをいったい何処から蹴出す気でいるのか?
 その取潰しの第一候補へ、伊達政宗が上がってもおかしくはない。第一に大久保長安事件のこともあるだろうし、切支丹の跳梁である松平忠輝とは婿と舅の関係にあたる。
 ここで、豊臣家を潰してしまった家康を見限ったと宣伝し、切支丹を従えていっそ徳川家を潰すことも決して不可能ではないが、、、

 炎上してゆく大阪城の大天守を見ながら、政宗はそんなことを考えていたのかも知れない。。。


画像:仙台城址(青葉城址) 伊達政宗騎馬像


画像:大阪夏の陣図屏風・右隻 大阪城天守閣所蔵 重要文化財

※余談:屏風左隻には、徳川方の雑兵達が大坂城下の民衆に襲い掛かり、偽首を取る様子や略奪、そして女性を手篭めにする様子などが詳細に描かれている。
 また、記録によれば、一万数千の首の内、偽首を取られ殺害された民衆が数多くおり、生き残ったものの奴隷狩りに遭った者の数は数千人に達したとされる。
 ある町人が残した記録「見しかよの物かたり」には
   男、女のへだてなく
   老ひたるも、みどりごも
   目の当たりにて刺し殺し
   あるいは親を失ひ子を捕られ
   夫婦の中も離ればなれに
   なりゆくことの哀れさ
   その数を知らず
 と、その悲惨さが語られている。


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